| 2008年06月21日(土曜日) | |
| 〜全英への道〜ミズノオープンよみうりクラシック現地リポート〜第3弾〜 “輝き”を取り戻してきた2008年 新たなステージの扉が開かれる! | |
みなさんこんにちは、水野鍛造です。 93年のプロ転向後、年を追うごとに着実にスキルと応用力を身に付けて、当時“若手”と呼ばれていた中でも、いち早く頭角を現していたのが佐藤信人プロであった。
|
|
さらに2002年には、ツアー選手権に加えて、日本マッチプレー選手権も手にし、この年3勝を挙げると、賞金ランキングも自己最高位となる2位をマーク。 しかし、佐藤プロはさらなる挑戦を世界の舞台に求めると、2003年の秋に行なわれたヨーロッパツアーのクォリファイに挑戦。 その魔物こそ“イップス”である。 しかし、孤軍奮闘していくにも限界があった。特に技術的な悩みについては、打ち明ける相手もなく、結果として、悩みの答えを導くことができないまま戦い続けることとなり、いつしか、佐藤プロの中に不安と疑念が日増しに肥大化していったのである。 2005年はかろうじて賞金シードを獲得するも、2006年は精彩を欠き賞金ランクも80位と低迷。日本を離れる前に持っていた自信とやる気にみなぎった“輝き”はすっかりと影を潜め、泥沼の中をもがき苦しむ満身創痍の姿がそこにはあったのだ。
「今シーズンも、やることは同じ。あとは気持ちをいかに強く持てるかだけなんです。気持ち的にもスキルの面も決して後退しているとは思っていない。全盛期を迎えるのはまだまだこれからですから。今は、前進するための進化の時と思っています。もう立ち止まってはいられません。やらないといけないんですよ」 マンシングウェアオープンKSBカップでは、初日に65ストロークをマークしてトップタイに立つと、最終日まで優勝争いを演じ、見事に2位タイでフィニッシュ。 2008年シーズン。佐藤プロの戦いは、まだまだ始まったばかりである。 |
|
|
|
||||
|
||||






